戸舞家の人々

ドイツ文学者、戸舞賛歌とその家族たち

戸舞家の人々 9 戸舞家の秘密、戸舞賛歌の権力の根源

その中学二年の初秋、わたしもようやく友達との世界の中に生きることが出来た。しかし私に友達が出来ること、その友達の世界に行き来することを戸舞賛歌が面白くなく思っていることはわかっていた。いずれ戸舞賛歌は私に友達づきあいすることを許さず、クラシック音楽や文学といった戸舞賛歌の世界に付き合わせようとするだろう・・・ということがわかっていた。わたしは戸舞賛歌の世界が大キライに感じ始めていた。

 その被、私は戸舞賛歌に黙って友達と繫華街に出かけていた。友達は週間セブンティーンから出てきたような格好をしていたけどわたしはそういう服がなかったのでカ学校ジャージで出かけた。友達のGジャンがすごく羨ましい。が戸舞賛歌はGジャンなんていうものが大嫌いだった。自分の嫌いなことを他人にも許さず、自分の好きなことは他人にも押し付けてくる当のが戸舞賛歌の特徴だったからだ。
 友達が私にGジャンを貸してくれた。学校のジャージの上にGジャンを羽織ると心が弾んで
「生きていて良かった・・・。」
と実感した。しかその刹那、向こうから染みで長身の歌舞伎役者みたいな端正顔のオジサンが目に入った。普通のオジサンとは違う独特の雰囲気だ。戸舞賛歌だった。全身がこおりついた。そして思い切り無視することにした。

 ・・・家に帰ると、家の中の雰囲気は何か今までになく重苦しかった。夕食時も戸舞賛歌はまたく箸をつけない。そして食卓を離れるときに戸舞賛歌は私に
「おい、山靴履いて待っていろ。何度も言わせるな。」
とお得意のフレーズが始まった。戸舞賛歌のいう通りにしなくちゃならない。私が玄関で登山口を履いて待っていると、戸舞賛歌も二階から降りて来て登山靴をはいた。そして
「よし、行くぞぅ。(吉幾三)黙ってついて来い。」
とお得意のフレーズが出た。夜の道を戸舞賛歌についていくと、戸舞賛歌は川を渡ってそして里山の麓まできた。さらに登山道ではなく道ではない薮に戸舞賛歌は入って言った。私も戸舞賛歌についていくしかなかった。戸舞賛歌は藪の斜面を登ったり下ったりしている。たわしもただ戸舞賛歌についていくしかなかったル戸舞賛歌がお得意の藪漕ぎだ。やがてわたしと戸舞賛歌は山頂の神社の境内についた。
「どうだ。」
と戸舞賛歌は得意げに言う。藪の中を行軍してもちゃんと山頂に着くことが戸舞賛歌が自慢らしい。そして戸舞賛歌は私にこう言った。
「さっき一緒に居たのはお前の友達か・・・。」
そういう戸舞賛歌にわたしは
「うん。」
とうなづいた。
「ああいうヤツとは付き合うな。わかったな。」
と戸舞賛歌は言った。たぶんそういわれると思ったけど・・・。
そして私と戸舞賛歌は帰路に着いた。遠くにネオンが見える。
「・・・諦めるしかない・・・十四の私がまったく寒空に投げ出されたら生きていけない・・・。一度死んで希望を来世に繋ごう・・・。」
そう思ったものだった。

そして家に付くと、時計の音だがカチカチと居間に響いていた。不思議な静寂が居間を包み込んでいた。そこで戸舞賛歌が居間の大きな本棚を指差して
「ここにはこんなにいい本が居るじゃないか・・・。」
といったものだ。このとき、わたし戸舞賛歌の支配する居間の本棚以外に関心を向けたらこの家から追い出される運命を生きることになったのだ。この家は私の家ではなく私はこの居にいる権利を自覚してはならないのだ。この家は戸舞賛歌の家なのだから・・・。

以後私の帰るべき家、そして私の運命を紡ぎづつけてきた家は戸舞賛歌の私物であり私はこの家に関する権利の自覚や主張を許されなくなった。戸舞賛歌死去してかには中野廣策が戸舞賛歌の代わりにこの家を支配した。中野廣策も戸舞賛歌同様わたしにこの家に関する権利を自覚したり主張したりすることを許さなかった。しかしこの家は中野廣策の家ではない、中野廣策がこの家に権利を主張するんだったらわたしも中野廣策の家の権利を主張しよう。そして中野廣策の家から中野廣策を追い出して中野廣策を野まったくの寒空の下に投げ出してやろう。目には目をだ、復讐は正義だ・・・。
そして私は中野廣策のところに電話した。中野廣策は狼狽している様子だった。
「中野廣策、絶対に許さないし絶対に逃がさない。目には目をだ・・・」
こうして私は中野廣策を追いまわした。秋にまって朝夕はひんやりし始めた。
そして中野廣策が誰にも転居先を告げずに四半世紀以上過したこの町を去ったことを知ったのは冬の始まりだった。

その年も暖冬だった。冬の始まりだというのに春のようだった。中野廣策家にいくと、まったく別な家族がその家に住んでいた。
「もう中野廣策は私の生まれ育った家に来ることはないんだ・・・。」
とあらためて実感した。ふと空を見ると、あのころのように青く輝いている。それは青空という名前がつけられる以前の、創造のたえなる奇跡に輝いていた。
「やっと悪夢から醒めた。中野廣策というどろぼう大学教授を絶対に間違いのないすごい知的指導者だと自分自身に思い込ませてきた悪夢から・・・。」
そう実感した。
 
中野廣策というのは教養や学歴、大学教授の肩書きを花にぶら下げて威張っているセコくてミミッチイ男なんだけど、そんな男を「尊大な(エライ)知的指導者」と思い込まされること自体が不自然であり病的であり危険なことだった。さらにいえば戸舞賛歌というわがままなDV束縛男を立派なドイツ文学者、哲学者であり地域指導者と信じ込むほうもどうかしているといえばどうかしているのだ。だいたいドイツ文学者という偉くて尊大な知的指導者はただの虚像に過ぎなかったのだ。



↑中野廣策令嬢 みすずちゃん